セツメーガイヨー(アバウト)

人が学問を手繰る理由は何だろうか?大昔、人はイカロスにあこがれて大空を飛ぶ方法を見つけようとした。力学が十二分に発達していて、古典的には解があったはずなのだが、翼(つばさ)にあこがれてエッフェル塔から転落した人もいたらしい。世界中に住む人々の多くはそれ(大空を飛ぶ技術)に気づかなかったのだ。その後、ライト兄弟によって空へのあこがれは実現し、今、車の両輪のように、学問と技術という点と点が線でつながった。天才は常識に理論を仕込み、理由を与えるが、凡才は難解な問題を考え、難解な答えを出そうとする。いずれにせよ、それは努力の成果でもあった。

程度の差はあれど、エッフェル塔から落っこちた人々のように、落ちこぼれだった私が某大学で博士号まで取りたいと願った思いと彼らの思いは重なる。この「マリオ世界の数学論」という文言のタイトルを付けたのには理由がある。それはエッフェルから転落死した人々の勇猛果敢な精神を皮肉ってわざと意図的に忌避しようとする試みがあるからだ。そういう意味でも仮想的な「ゲームの世界」を批判する人々は多いし、それはそれでいい。ただ、あえてこのタイトルを選んだ。

また、SFCのスーパーマリオワールドの仮想的な重力考察をニューヨーク大学の学生が作ったことも時期同じくして幸いした。このように、常識を疑い、また突拍子もない答を出す学徒として、学問に挑む傾向は実は重要である。技術的な危険性もこの感動とユーモアの名のもとにあるとすれば、解決が難しい問題であっても克服できるはずだ。そういう意味で、学問にこがれる人たちにちょっとでも良識を与えられたらと思う。そういう意味で、このブログを作った。

なお、当ブログは非営利で運営されている。東北ずん子の素材利用ガイドラインの範囲内で行っているものである。以下参考URL。

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