哲学者・数学者偉人列伝その2「アルキメデス」

デュオゲネス・ラエルティオスが著書「ギリシア哲学者列伝」でも認めるように古代ギリシアの哲学者の情報は彼自身(ラエルティオス)のうんちくなしでは語れない。それは古代の数学者・哲学者であったピタゴラスの件でも同じであるが、その一方であまりに業績が輝かしすぎてそれが偉大な星のようにきらめく故人々の記憶にのこっている人物もいる。それがアルキメデス(Archimedes)その人である。史上最高の数学者のうちのひとりだと今では評価されている人物であり、その興味が派生した分野は数学以外にも、物理・工学・天文・発明にまでわたっている。そのあまりの多様性のある研究からして今でももっとも先駆的な大学者としての評価が強い。

不幸なことに技術がこの時代、軍事政治的問題としてローマ帝国に恐れられることは不名誉なことであった。技術倫理の問題は当然近代以降であり、古代ギリシアの自然科学の軽さはアルキメデスも認め、自分を下げずむ理由となった。だが、その心がむしろギリシアの古代自然科学の凋落を招き、彼らの文化的衰退をある種では表した。それだけ実学が「虚」として扱われた時代であったのだ。

アルキメデスの工学的な発想と物理的イノベーションは今でも身近に使われている。コンクリートレイラーの回転機はアルキメデスの着想により、広範囲に認められている、物理的挙動に優れた装置である。技術というものを追及したアルキメデスは、ローマ軍の侵攻に対してもこういった技術の応用で大きな力を発揮した。一説によると太陽光の集光技術によりローマ軍のガレー船を焼き滅ぼしたとも伝えられるがその真偽は定かではない。だが、この話はあまりにアルキメデスの天才さを如実に象徴している。また、物体の比重をめぐる王冠の混合問題でも有名である。

アルキメデスはある面ではローマ軍から恐怖されたが、ローマ政府からはその天才さゆえ、敵対しても命は必ず守るべきといわれた。だが、彼は皮肉にもそのような意向から外れ、当のローマ兵によって惨殺された。夜、アルキメデスが砂の上で幾何学の図示によってある数学問題を考えていたとき、侵攻してきたローマ兵が近くに来た。ローマ兵はそのアルキメデスの砂の図形を踏みにじってしまい、アルキメデスはこういって激怒したという。「私の図形を壊すな!」逆上したローマ兵により彼は剣によって断たれ、史上最強の数学者の命はこうして幕を閉じた。

アルキメデスをめぐっては数理幾何学的な天文学の観点から言ってもその偉大な業績を見逃せないものである。数学における積分の概念のはしりを作ったのはこのアルキメデスである。彼は円の幾何学系から積分問題を考え、この初頭理論を地球上で誰よりも先に作っていた。このようにアルキメデスは古代では珍しい論理理論の天才であり、哲学にはあまり興味がなかった。これは前述したように当時としては珍しいことであったが、今ある彼に対する偉大すぎる評価の論は確固たるものとして残っている。

marikoi

ここの主筆・共同管理人。ぶっちゃけ狂人。

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