哲学者・数学者偉人列伝その13「シノペのデュオゲネス」

シノペのデュオゲネス(Diogenes)とは古代ギリシアの哲学者。この哲学者はその業績よりも庶民的な生活や突拍子もない逸話によって知られる。というのも、業績としては原典がないため、この人物についての詳細は今後も見通しがついていない。中野好夫がいうように、おおよそのこの類の原点となる唯一の著作が、この人物とは別の人物である著述家のデュオゲネス・ラエルティオスによる「ギリシア哲学者列伝」である。

この本にはひとつも哲学的な考察は書かれていない。エッセイ的に哲学者の逸話をうんちくとして書いているだけだが、この時代の哲学者たちの詳細な伝説を探るにあたって、ほかに著作がまったくないため、単一の情報源としてかなり貴重にみられている。

シノペのデュオゲネスは他の多くの哲学者が主張するように、この時代の慣例に沿って、ある高名な哲学者に師事した。断られ続けたが、最後には「殴ってください、そのための杖は私を追い出すほど固くはありません」と述べて入門したという。奇人変人がそろうポリス哲学者の中でも際立って、その伝説級の変珍話によっていまでは若者にヒッピー的なインスピレーションを与える人物でもある。

彼は一般庶民の価値観を下げずみ、学問までをも下げずんだ。学問をしたからと言って多くの人物のように偉いわけではないという。犬のように暮らし、あらゆる欲望を節制するかまたは独自の価値観で評価し続けた。歩きながらゼノンのパラドックスを否定したことは有名であるし、プラトンのイデアを批判したのもこの人物である。プラトン「君(デュオゲネス)がイデアの概念を理解できないのは君に見る目がないからだ」

ニヒリスティックであるが、それは合理的な彼なりの判断であった。皮肉屋の彼は自分の能力は「人を支配(教育)することだ」と述べ、あらゆる物欲は節制する方が良いと述べた。彼は物欲を節制し、管理する一方で、「コスモポリタン(国家に所属しない民たち)」という壮大な概念を世界で初めて創始し、性欲のみは独自の価値観に基づいて奨励した。人々の前で臆することなく自慰したという。自分の使役する奴隷が逃亡したとき、何も言わずそれを受け入れた。「彼らのしたいようにすればいい、私に奴隷はいらない」

あるとき、アレクサンドロス大王がシノペに訪ねてきた。大王はデュオゲネスの住む体育館に出向いた。大王は「あなたの望むものは何か?なんでもかなえましょう」といった。するとデュオゲネスは「(あなたの体によって陽がさえぎられているので)そこからどいてください、ほかにはなにもいりません」といった。帰途、アレクサンドロス大王は言ったという。「私が大王でなかったのであれば、デュオゲネスでありたい」

デュオゲネスはポリスの人々によって馬鹿にされる一方で、その人々に愛された。奇しくも、デュオゲネスはアレクサンドロス大王が死んだときとほぼ時同じくしてその人生を閉じたといわれる。死因は修行のためとも犬にかまれたから、もしくは腹下しのためとも伝えられている。彼は優れた哲学者を多く育て、弟子たちはギリシア哲学をリードした。

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