マジで恋する書籍レビュー:「サリンジャー戦記」村上他

はっきりさせておくが、後半の部分は読む必要はない。サリンジャーの話はやはりこういう類の話に落とし込まられる傾向にある。それはサリンジャーにしかできないイノセンスへのあこがれという言葉だけが先どおって、その内実の真価を問うことはサリンジャー自体にしかできないからだ。ただ、村上がどのようにサリンジャーを評するのかという話では極めて貴重な話が見聞きできる書物である。

そもそもサリンジャーは有名な「ライ麦畑でつかまえて」の翻訳版には筆者紹介も解説もつけてはならないというライセンスで村上に翻訳を許可している。サリンジャーがホールデン・コールフィールドになにか着想を得ているとしたら、それはやはりサリンジャー自身のことであろう。だからホールデンには映画嫌いという設定がある(サリンジャーは自分の小説の映画化に激怒した経験がある)し、文学的評価は高まらずに単なるテロ的な過激派とかそういう類のオタ話もある。だがやはり、結果論といえどもサリンジャーはホールデンなのだ。

サリンジャーはつい先日亡くなった。アメリカのみならず世界で唯一の”最後の”青春作家だろう。学生との交流でリークがあったため激怒して隠居したという噂だったが、実はコミュニティの中で限定的な意思疎通はあったらしい。村上はサリンジャーのことをこう評する。「はじめはライ麦のことは評価してなかったけど、やはり読み返すと素晴らしい」と。やはりサリンジャーのなかに取り込まられているからこその発言だろう。サリンジャー戦記はそういう例外的な解説書にとどまる。

一方で繰り返すけど世界的文筆家である村上のこの作品への、サリンジャーへの評価としては貴重な文書である。しかし、後半のエッセイは正直読む必要はない。サリンジャーにはサリンジャーしかできないことがある。彼はそれをナインストーリーズでも実証している。だからこそ、それをいまさら映画化するなどという話が出たり続編が執筆されるという話が出ても我々は見ないようにすべきだ。それは駄作になることが決まっているからだ。サリンジャーが死去した今、おそらく今後そういう話は出てくるだろうが、それにはだんまり無視を我々消費者層は決め込むべきだと言い切っていいだろう。

サリンジャーの技巧を真似て、なんらかの高い評価を得ようとする作家はおそらく今後権利の関係上出てくるだろう。ただしそれは原作を超えることは決してない。「笑い男」でもそれは実証されているし、先に出た映画嫌いのサリンジャーの直観は正しいはずだ。もしライ麦の映像化が成功したら大きな映画界のショックな事件になるはずだ。

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