哲学者・数学者偉人列伝その16「森鴎外」

森鴎外とは日本の文学者・文豪。東京大学予科医学科を経て、東京大学医学部卒業。当時の帝国大学はエリートが集う場所であったこともあり、民間レベルでの高等教育とそのための技術は軽視されあまり行われなかった。鴎外もほかと同じように、卒業後は軍医官僚となる。ドイツ留学を経て、位の高い軍医になる。若いころから早熟の才能を発揮し、医学・文学ともに一流の存在であった。先達の念強く、「高瀬舟」に代表されるように安楽死など社会的な問題として当時見られていなかったものを題材に短中編小説を中心に多く執筆。漱石と並んで日本の文豪の双傑として知られる。

文豪として日本では高く評価されてはいるが、軍医としての評価は高くなく、批判も多い。そのうちのひとつとして日露戦争での白米を脚気の病気にかかっている軍人たちに食べさせたという批判がある。当時の技術では見通すことが困難だったが、白米よりも麦飯のほうがこの病には効果的であるということが証明されている(脚気はビタミン欠乏症という病のうちのひとつ)。そのため多くの軍人を病から救えずに軍医としての責任は今でもたびたび問われるほどである。人によっては戦争そのもので死んだ軍人よりも鴎外の誤判断によって死んだ軍人のほうが多いとまでいう評論家もいるほどである。

一方で、文豪としての筆致のすばらしさは日本人であればだれもが知るところである(ただ、残念ながら日本文学に名をとどろかす一方、世界の文学からはあまり注目されていないのは漱石と同じである)。人材の見抜きとしても一流であり、女性文筆家を多く発掘しこれらを激賞した。女性といえば鴎外の子供に森茉莉という人物がいる。茉莉はファザコンで15になるまで父である鴎外の膝にのってあやされたといわれるが、その一方で波乱万丈な人生観も有名である。

茉莉は帝国大学卒業の夫と結婚するが、そうたたないうちに離婚。ただしすべての家庭環境がずさんだったというわけではなく、なぜか料理の腕前だけは一流であった。父との愛をあますことなく小説にした作品「父の帽子」「甘い蜜の部屋」などがありこれらは天才三島由紀夫によって激賞された。鴎外の子孫は茉莉にもれなくすべて有能な人材であり、伝統的にすべてが医師か作家(随筆家)になっている。聞いた話によれば、今でも鴎外の子孫は東京の病院で医師の責務を立派に果たしているという。

marikoi

ここの主筆・共同管理人。ぶっちゃけ狂人。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA