子供のための文化思想論説:声(言語)ってなに?

いきなりめちゃくちゃ高度な動画から入りますが、気にしなくて大丈夫です(簡単な説明から入りますので…)。さて、私たちが常に発している声というものですが、これは実は世紀の大問題です。たとえば私は私という言葉を私という存在を定義するために使いますよね。しかしその私という声には形がない。しかしながら、私が発した声である私という言葉は私という存在を社会の中で規定するのです。こういった自分が外部に発したはずの声なのにそれが再帰的に自分を定義する言葉である名詞を「再帰代名詞」といいます。これは言語学の分野のうちのひとつの論理です。

シチュエーションコメディといわれるコメディ映像がけっこうはやっています。これは場面場面が切り替わりつつユーモアウィットの富んだコメディドラマのことをいいますが、これも面白いです。なぜかっていうとこういったコメディには実は日本語の訳と声優さんの演技がすさまじくマッチしています。なぜか英語をそのまま日本語に訳してそれを演技させると非常にマッチングのよいテンポ感覚が生まれます。これはなぜなのでしょうか?これも深い題材です。

また、先述した再帰代名詞に限らず、こういった言語や声に関する学問を「言語学」といいます。この分野での偉大とされる人物はソシュール(Ferdinand de Saussure)です。ここではちょっとソシュールの概念の紹介をしましょう。彼は記号論を世界で本格的に始めた偉大な人物として知られています。これを機に世界では構造主義という物事を構造的に紐解くという流派の流れが生じ、これから世界でもっと構造主義を研究しようという機運が高まって、ポスト構造主義という主流の学問になっています。ではソシュールの理論の最初、これを説明するためにWikipediaからこの論理の引用をさせていただきます。

・日本語では、木という存在を”木”といっていますね。


・ただし英語では木という存在を”Tree”といっていますね。

ではこれはどういう理由があって、木という存在的本質を”木”といったり、あるいは”Tree”といったりするのでしょうか?だって同じ木を指しているはずですよね。同じ木という本質・物体・内容・存在を表しているのになぜ日本人は”木”という言葉を使い、アメリカ人やイギリス人は”Tree”というのでしょうか?本気になって考えてみてください。すなわち限られたコミュニティの中ではそれは必然的な言葉の定義があり、一方でその必然性は完全ではないのです。これをこのようにあらわします。

これがソシュール言語学の走りであるシニフィエ・シニフィアンの関係なのです。存在や中身・本質をシニフィエといいます。そしてそれをあらわすための音声や言語をシニフィアンというのです。ここまで理解できればもうこの記事の助けをかりる必要はありません。先駆的な研究としてはこういった理念理論をはじめとして、九官鳥のさえずりを研究している人もいます。それが韓国脳科学研究所の小島哲先生です。小島先生はさえずり学習モデルから脳機能を理化学的にとこうとしているパイオニアであって、いうなればソシュールの理系的な後継者といってもいいでしょう。

これほど高度な実験が実は簡単な機器でできるのです。ここ(http://d.hatena.ne.jp/skojima/20140413/1397449231)で小島先生の研究内容を見れますが、間違いなく世界でもっとも先端をいく研究でしょう。この分野の研究は理系のひともいますが、心理学(現代での文理融合分野)やその他のほとんど文系の研究者もやっきになって頑張っています。それぐらいHotな研究なのですが、この分野ではもっともっと哲学よりのアプローチもできます。それがソシュール本流言語学を受け継いだチョムスキー(Avram Noam Chomsky)やピンカー(Steven Arthur Pinker)です。これは本当に難解で私も読んではみましたが、いわゆるチョムスキーの生成文法という理論はかなり難しいです。言語獲得係数という用語だけはおさえておきましょう。

これをLAD(language acquisition device)という記号で表すときあなたは勉強していくにしたがって新しい言語を獲得していけますね。生成文法ではこれを数式の関数として表すのです。あなたはおそらくは日本人でしょうから、親や周りのあらわす日本語をjとします。これが関数の内部に入れられるいわば数値です。

LAD(j)=J

ですが、ここでおわりではありません。あなたは英語も勉強して習得していきます。すると内部に入れられる因子はeになりEという成果、すなわち英語能力を獲得するわけです。すると前述のようにまとめてこのように書いていけます。

LAD(j)=J
LAD(e)=E

さて、ではこれに興味を抱いたのであればチョムスキーの話から入ってみても良いし、その後ピンカーの論理をみていってもいいでしょう。さらには理系の研究者になりたければそういう研究室に入って勉強することも必要だと思います。今度はチョムスキーに代わって、あなたが未来の学問を切り開く番なのです。

marikoi

ここの主筆・共同管理人。ぶっちゃけ狂人。

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