これならわかる国際政治:イラク戦争ってなに?アフガニスタン紛争ってなに?

イラク戦争というのは根拠として英米があげたのにはこのような理由があります。

1・サダム・フセインが統治するイラクが大量破壊兵器や生物兵器を保持し世界の平和を崩しかねない。
2・サダム・フセインがアルカーイダとかかわりを持って、国際社会を脅かすテロ行為に走りかねない。
3・国内でフセイン政権がクルド人弾圧などを行い人権を軽視し、民主主義を脅かしている。

主に英米が主張した理由はこの三つに絞られます。ですが、ちょっとまってください。イラク戦争とアフガニスタン戦争(正確に言えば、アフガニスタン紛争といいます:理由は後述)はまったく違うもので、日本ではこのふたつの戦争を取り違えて同じものと考えて勘違いしている大人がいっぱいいます。これは、私はアメリカの情報操作の一環な気がしてなりません。

ではまずは、イラク戦争の解説から言いましょう。イラクではサダム・フセインが長いこと圧制を強いてきました。フセインはクルド人を大量虐殺し、生物兵器で多数殺しました。今、イラク戦争が終結し、戦後になってこのころの虐殺の遺跡が多く出てきています。確かにこういったことを見ればフセインは悪者でしょう。ですが、フセインはいいこともしました。それは後進国であったイラクで石油資源を掘り当てて、潤沢な国にしたことがあります。フセインが100パーセント悪者だったかというと違います。イラクを繁栄させた人物であることに間違いありません。

当時フセイン政権がしかれるより以前は、馬車とかを人々は交通手段として使っていて、本当に最貧国でした。ですが、石油の力とフセインの強権的な力は合わさって、イラクはかなり豊かな国になりました。ただ先述したように少数民族の虐殺もしました。それはイラクの栄光と影でした(ついでに言っておくとたぶんクルド人自治区は戦争が終わった今、皮肉にも経済的に繁栄していて、自治区警備団が治安維持にあたっており、イラクでもかなり安定している区になっています)。

ちょっと見てみると、実はイラク戦争にはドイツとフランスはかなり反対していました。私たちは知りませんでしょうが、学生もデモをやって「戦争反対」と独仏の両国内はかなり英米に反対しました。戦争に賛成したのは少数で、みなさんご存知のとおり、まずは日米英も賛成しましたね。オーストラリアや先進国の一部も賛成していますが、実は独仏は強硬な反対派でした。では開戦根拠の妥当性を見ていきましょう。

1・大量破壊兵器・生物兵器→ありませんでした。フセインは放棄していてブレアは間違った報告書を書いたため、批判され退陣に追い込まれました(ブレアは内政はすさまじく有能だったため、英保守党の賛美も退陣時に受けましたが、今でもブレアの戦争犯罪を追及する人は多いです)。
2・アルカーイダとのかかわり→ありませんでした。むしろフセインはアルカーイダのことを敵視しており、危険分子だと思っていました。パレスチナ武装勢力とのかかわりはあったものの限定的でした。
3・国内での圧制→ありました。クルド人の虐殺。人権侵害等。

こうしてみると英米の開戦理由がまったくわかりません。戦争をして多くの人命をあやめることが妥当だったのでしょうか?英語版Wikipediaではこの戦争=イラク戦争のことを2003年の時点でイラク侵略(2003 invasion in Iraq)と書いています。大量破壊兵器もなく、アルカーイダとの接点もなかったのにテロ戦争の一環として開戦した。ではなぜ、アメリカはなぜここまで戦ったのでしょうか?みんなでよく考える必要がありますね。次にイラク戦争とアフガニスタン戦争の違いについてです。

かつてソ連がこの中東(主にアフガン)に侵攻したときは、アメリカは実はターリバン(アフガンの実行支配者たち)を支援していました(代理戦争だったため)。このためにアフガン戦争とのこのころの戦争と区別をするために、アメリカの2001年時点でのアフガン戦争はアフガン紛争と呼びかえる動きもありますが、アフガン戦争と混同されがちで、さらにイラク戦争との区別がついていないために勘違いをしている大人が多すぎるのです。また、アフガン紛争のときは実はかつて支援していたターリバンと戦争をしましたね。かつてソ連という共通の敵を持った味方だったターリバンとアメリカはここにきて敵同士になったわけです(ちなみにアメリカは武器供与をターリバンにしていたため、ソビエトが崩れた今、アメリカの兵器同士が戦うという異常事態になっていました)。

アフガンにおける両戦争・紛争、ふたつは別物で、さらに、アフガン紛争とイラク戦争は別です。アフガン紛争時点ではNATOを中心として、9.11のときのテロのための戦いとして多くの国が賛成しましたが、イラク戦争には反対している先進国もとても多かったです。日本の大人はこのあたりを勘違いしている人が多く、テロとの戦争=アフガン紛争+イラク戦争と思い込んでいる人が多いです。

アフガン紛争ではドイツ・フランス両国ともに参戦しています。これはアフガン紛争の時点をみればわかるとおり、ドイツ・フランス両国ともに犠牲者が出ており、イタリアにも出ていますね。連合国側はさらに多くの国が紛争に自衛権の発動として賛成しています。ではターリバンが悪かったのでしょうか?たしかにテロ後にアルカーイダの人たちを引き渡さなかったのは事実ですが、彼らは麻薬の栽培をイスラム法に基づいて禁止しました。彼らのやったことすべてが悪いというわけではないという見方もできるはずです。

ここまで読めばみなさんもわかるとおり、ものごとには多面性があります。すなわちフセインが悪だとか、ターリバンが悪だとか、彼らが小ブッシュが言ったとおり、「悪の枢軸(Axis of Evil)」だと断定はできないわけです。たしかに恐怖政治をしたのは間違いないですが、いい面も少なからずあった。そして、矛盾のひずみが今の中東の不安定さを増大させた悪影響は絶対に否定できません。

それ以前に国際社会に無関心で、小泉首相が賛成するから私も賛成するといったような、勘違いをしていた日本の大人こそ大ばか者と言い切るべきではないでしょうか?もっと私たち日本人が関心を持っていればドビルパン首相(フランスの当時の首相で現大統領候補)のように「イラク戦争に”古いヨーロッパの国”フランスは反対する」と国際社会に言い切れたのではないか?救えた人命を無為に失ったのはなぜだったのか、よく考える必要があります。

ものごとの多面性を見極めず、多くの人命を失った功罪はターリバンやフセイン、アルカーイダだけにあるでしょうか?これでも、我々は本当に「正義の戦争」に賛同したと言い切っていいのでしょうか?

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