特集記事:法学者の公正中立的学問の見方―池田信夫先生の勘違い

法学というのはなかなか難しい学問ですが、法学が保守的で、建設的論議がないというのには同意できないです。池田信夫は哲学と憲法学の話の垣根が違うといっていますが、本当だろうか?哲学だって経済政策は語るし、憲法者だって安全保障を語らないタイプの人間もいる。例えば、たぶんレッシグなんかは安全保障は語ってないと思うよ。哲学者だって、社会評論やる以上安全保障問題にも語るときはある。そういう意味で保守的だとか革新系だとかは学問の垣根を超えてあるもんだ。

池田が重要に見逃している点…それは法学においてある特異点があるということ。最近日本でも研究者のウェブサイトを見ると分かるけど、「新領域法学」っていう分野がアメリカでも盛んになっている。この法学の種別はさまざまなモメントを法学に織り込むことにある。だから”新領域”って書いてある(ちなみに東大柏の新領域研究科とは全く違う意味)。レッシグはたぶん著作問題を盛り込むことで、法学に新領域法学っていう概念を提唱したし、ウェブの力とかネットワーク論と結び付けて、かなり高度な法学性を提供しようっていう流れはある。だから安全保障について語る憲法学者もいれば語らないタイプのもともとの憲法学者もいるんですけど…。

憲法学や法学がこういう流れを着目しているってのにはしっかりとした理由がある。昨今では価値観が多様化して社会体制が複雑化している事情があるからして、その裏合わせとしてきちんとつじつまを合わせなければならないっていう必要性が法学にも生まれた。だから、著作とか価値観とか社会概念の違いを考慮に入れたうえで法学や憲法学をしっかりやらねばならんという提起が生まれた。特に法学は、権利の上に眠るものは保護するに値しないっていう原則があって、でもでもそれを拘束している法学は多様化・複雑化した価値観をポーズして(静止して)新しいことを考えなければならないっていう矛盾がある。だからこの種別の学問も法学で生まれて、いろいろと論議がある。単純に法学がかたまってて、体系すぎて、新しいものを追い求める必要性がなくなっているっていう論議はひっじょうに博学な池田先生らしくない。むしろ法学は新領域で花開きつつある。

池田先生は知らないだろうけど、ハーバードロースクールのキャス・サンスティーン(Cass R. Sunstein)の著書はそういう意味で画期的なので一度読んでみることを恐縮ながらお勧めする。彼は哲学者であるアランの意思を受け継いで、サイバーカスケードとか集団分極化とかいう概念を提唱したことで知られている。いろいろと本も出ていて、単純に徒弟制度のある法学体系というものだけでは説明しきれない裏事情があったりする。だから、こうも簡単に池田先生が「憲法学は徒弟制度」とか「憲法学は安全保障を語れない」とかいうのは早計すぎるんです。

池田先生にはもっともっと柔軟な考え方が求められていると思うよ。そんなこといってたら「10の経済学者がいれば11の経済理論ができる」なんていうしっかりとした皮肉もありますよ。例上げると、内国債の債権の帰結問題とか金融理論の高度化とか、資産の保有の仕方とか米国債の価値とかいろいろと問題は経済学の中でもありますよ、それは池田先生が良くご存知なように。

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