子供のための文化思想論説:押韻とは何か?

今回はちょいと歴史の授業から入って現代音楽まで通じることを述べたいと思います。みなさんは現に教育を受けていると思いますが、これは実はかなりの歴史がある。古代ギリシアには奴隷制度というものがありました。これは平民ではない人物に労役を押し付けることで平民が政治活動や文化活動に専念できたというものです。今になって奴隷制度を復活させよとはいいませんが当時の社会の発展段階からいってここからかなり現代思想まで通じるところを平民たちは作ってきました。現段階で教育システム論があるのはこの時代の文化力のおかげです。要するに、奴隷制度が完全に悪ではなかったのです。トッドも認めるように、現在でもアリストテレスの政治学は一流です。あの時代に奴隷がいなかったら、このような文化の花開きはなかったといっていいでしょう。そして何よりも重要なのは解放奴隷(優秀な奴隷は労役から解放した)の存在です。

これは実は南アフリカのアパルトヘイトにも同じような構図が見受けられます。アパルトヘイトをやっていたころのほうが実は治安は良かった。白人の作った差別論理というものは実は相当合理的なものだったのです。だからといって私がアパルトヘイトを擁護するわけではありませんが、一面性だけをとらえて、「アパルトヘイトをなくせ」というだけであればだれにでもできます。私もあのアパルトヘイトという制度はおかしいとおもいますが、現になんの考え方もなく、単純に人種差別反対とだけいうのであれば、フランスで極右政党が台頭することもありえません。よく我々は考える必要性があるのです。

音楽のルーツってのは実はブラックミュージックにあるといわれます。これも合理的な差別の批判の方法で、実は彼ら黒人は差別されてきた。だから音楽で歌を、不平不満を表す意味合いで歌ったんですね。これは、極めて合理的な差別の逆襲の方法です。しかも平和的な。シーロー・グリーン(Cee Lo Green)の曲なんかはこういうオマージュがあふれていますが、これまた差別ありきのそれを皮肉って是認する曲ばかりですね。そして重要なのはこういったブラックミュージックがすべての音楽の源泉だったということです。

ブラックミュージックがなければ現代音楽はまぎれもなくありえません。宇多田ヒカルだって、R&B(リズムアンドブルース)と呼ばれる種別の方法で歌を歌いました。これはソウル・ロック・ヒップホップすべての音楽に影響を与えたのが黒人音楽だったからなのです。要するに今、宇多田がいたり演歌があったりするのもすべては黒人音楽ありきなんですね。そのルーツをたどるとかなり難しく、音楽史の研究者とかにとっては興味深い事例です。

さて、現代音楽のみならず詩やすべての文芸文学に影響がありますが、押韻という概念があります。これも西洋音楽や東洋音楽ですべて取り扱われたものです。頭韻や尾韻(正確には半韻)といいますが、例えば今あなたの好きなアーティストの音楽をローマ字ですべて書き出してみてください。全部一定のリズム感が生じるように曲の詩が作られています。これは極めて音楽史において重要な概念だといわれています。

例えば、頭韻だったら、各文の頭の部分がある程度の規則をもって書かれていると思います。ai ai aiだとかそういう風になっていますね。さらによく使われるのが尾韻です。これは各節の子音の部分を見てみてください。おそらくこれも規則的になっています。a a i e a a i o a a i uという具合にです。これは西洋音楽ではさらに単語に注目していくとおもしろい韻が見て取れます。このあたりは日本語版のWikipediaをぜひ見てください。これらの概念は音楽や詩作、それらの歴史を研究する文系の学者になるうえではかなり重要だと思われます。特に人文系の学問を志すのであれば頭の片隅に入れておいて絶対に損はありません。

marikoi

ここの主筆・共同管理人。ぶっちゃけ狂人。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA