これならわかる国際政治:「第三の道」ってなに?

「第三の道」とは主にトニー・ブレア(Tony Blair)がイギリスで行った現代的な政治のことを言います。既存の政治とは一線画す政治のことを総称して言いますが、主にこの概念はトニー・ブレア政権の政治のことを特徴的にとらえて呼称しています。当時、イギリスでは二つの政党が主立って政策論争を続けてきました。それがイギリスにおける二大政党であった保守党と労働党です。保守党は新自由主義政策を伝統的にサッチャー政権から主張していて、労働党は産業の国有化など左翼的な政策を主張しており、両者が対立していました。ですが、労働党においてブレア政権ができあがるとこの「第三の道」という概念を提唱しこれはイギリスを長期安定成長の面で経済的に貢献したといわれます。ではブレアの政策を見ていきましょう。

サッチャーは悪性インフレ(英国病と呼ばれます)の克服を新自由主義的な規制緩和からやってきました。これは英国病の改善につながりかなり評価が今でも高いです。サッチャーはイノベーションの観点からいって有名なシュンペーターの社会主義化理論に考えをおいて改革を進めたんですね。一方、ブレアがこの二期後に政権をとると突然「第三の道」ということを言い出しました。これは新自由主義(市場原理の活用)と労働党の骨格であった左翼的な職業訓練などの福祉をミックスさせた政策でした。これは、当時の評価はそれほどでもなかったのですが、改革事後、画期的だと世界中から賞賛されました。

これは実は形違えど実は「アメとムチ」のような政策に似ています。要するに経済的自由と社会政策とを組み合わせて使ったんですね。例えば、イギリスでは資産家に対する課税強化は逃れながらも、貧困層の教育訓練や職業訓練に力を要れ、産業の国有化方針(当時の労働党の主軸方針)を完全に党の要綱からときました。結果産業国有化はされず、イギリスは貧富の格差を改善したほか、経済的にも長期安定成長になりました。そのため、ブレアは内政では完全な満点との評価が高いです(外交ではイラク戦争に参戦したため戦争責任を問われている)。

一方で、今、この「第三の道」という「アメとムチ」は非常に強い勢力を持ちつつも批判にさらされています。というのも、この政権政策は実は長期的な観点から見れば政治の停滞を招いたというのです。なぜか?それは従来の政策のミクスチャにすぎず社会の改善を本気で真正面からとらえたわけではなく、既存概念のあいまいなところをついただけだという批判です。要するに「大きな政府」の主張者からいっても「小さな政府」の主張者からいっても当然のようにこのことを批判することは、長期の歴史的に見て当たり前だったのです。だってそれは既存政策をずらしてごまかして政策立案をしたにすぎなかったのですから。事実、イギリスはEUの離脱という危機的な事案にさらされ、また労働党党首のコービンはブレアから実権を急速に奪い、劣化させています。

コービンはトライデント級の核戦力を放棄するとか夢想事をいっているほか、産業国有化を再び復活させようとしています。そういう意味で、ブレアの責任は重く、彼はそういう意味で「第四の道」は用意できなかったと評する識者は多いのです。ですから、これ(「第三の道」)は実は民主主義の終わりを証明するひとつの停滞局面だったのではという批判は大きくなってもいます。我々の政治を考える上で、「第三の道」は重要なターニングポイントだったのです。

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