これならわかる国際政治:「文化大革命」の影響

文革と短縮して言われますが、毛沢東が先じてこれを行いました。中国の歴史は周知のとおり古いのですが、これほど暴力にあえぎ苦しんだ時代はありません。ただ、ひとつ懸命だったのは毛沢東が歴史書の”焚書坑儒”には加担しなかったという点です。要するに歴史書はほとんど失われなかったわけです。共産主義による資本主義の打倒を標榜した、悪名高い文革のゆくえを簡単に見ていきましょう。

当時毛沢東は実権から離れ、象徴的な存在になっていました。そこでそれを良く思っていなかった毛は資本派(限定的な資本主義を中国共産党として受け入れる方針の派閥)をつぶそうと画作して、側近の林彪や紅衛兵に命じて、農村主義のような農本改革に基づいて、大きな闘争を始めました。これが文化大革命の歴史です。この政策により、国民から絶大な象徴的偉大さを抱えた毛は暴力的な革命を推し進めます。毛の指導力を離れ、文民は暴走し、多くの人をあやめる事態になりました。

この計画により、地主や弁護士などのインテリゲンツィアは自殺や謀殺に追い込まれ、一説によると40万人以上の生命が失われたといわれています。これは当局発表なので、正確な数値ではない可能性が高いです。毛の画作した文化大革命は実際失敗に終わります。農本主義もまた意味のない農業生産に変わって、社会に大混乱を持ち込みました。毛の側近であった林彪は旅客機で逃亡中に事故死して、その原因もまた今でもわかってはいません。今、共産党の歴史の中で毛主席は偉大な人物といわれていますが、こういった内情を良く知る共産党の高等部が故人である毛のことを本当に信頼しているかどうか?危うい考えだと思います。

共産党をめぐっては知ってのとおり、修正主義を持ち出して、結局毛のいったような理想的な社会主義は実現しませんでした。現代の中国共産党は資本主義を部分的に取り入れて、なんとか共産主義の成功例を打ち立てました。こういった観点から言えば、現代の中共の強硬派でさえも毛のいったことを信頼している人物はほとんどいないといっていいのではないでしょうか?現政権である、習近平も上海グループの江沢民の影響が強く、強硬的な共産主義政権といわれていますが、本当に毛の言ったことやったことを尊敬しているのかどうかという点では疑問符がつかざるを得ません。

ちなみに実業家で有名な、宋文洲さんは文革で実家の資産を失い苦学して学業に打ち込み、国費留学生になり、北海道大学で土木工学の分野で大きな業績をあげ、ベンチャー経営者としても日本で成功しました。こういったカウンターカルチャーのような源泉的なパワーは認めざるを得ません。しかしながら、大きな負の遺産を中国共産党は矛盾として内部に抱えているのです。

marikoi

ここの主筆・共同管理人。ぶっちゃけ狂人。

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