哲学:「心の哲学」思考実験編”天才科学者マリーの部屋”

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:What_Mary_Didn%27t_Know.pngより引用

天才科学者マリーの部屋という思考実験がある。これはクオリアという”ものなきもの”のありかを考える上で有名な思考実験である。クオリアというものはあなたの色(をはじめとする印象)の質感のことである。例えばあなたが、赤色を思い浮かべる。色のイメージ・質感・発想のようなものがあるだろう。これが赤のイメージである。そこにはプラトン的イデアがあるはずだ。プラトンはものとつながる想像物と考えた、これがイデアだ。イデアとクオリアは厳密には違う定義だけど、ここではわかりやすく同一のものと考えてみることとする。さて、ではマリーの部屋の思考命題について段階を追って考えよう。

1・マリーは極度の色弱であり、白色と黒色しか認識できない。
2・マリーは部屋に普段こもっていて物理学の勉強をしている天才である。
3・マリーは色にまつわる見識が並大抵ではなく、識別を物理的挙動として全て理解している。
3・外界とテレビで部屋の中で交信している、勉強はこの白黒テレビでなされる。
4・マリーの部屋は完全に白黒で構成され、それ以外の色の実態と接したことはない。
5・マリーは天才であり、色は実際に見たことがなくても、その識別アルゴリズムは知っている。
6・ではどうだろう?このマリーを白黒世界から外に出して、色に実際に触れてもらおう。
7・彼女はそのとき、色のクオリア(質感)を得て、なんらかの新しい知見を得るだろうか?

ちょっとわかりずらいけどこういうことだ。これを「天才科学者マリーの思考命題」と呼ぶ。簡単に言えば、マリーは色についてアルゴリズムは理解しているが、色を実際に見たことがない。その状態から、色に実際に見る世界へと放り出すと、なんらかの質感・色の本質を得るだろうか?ということだ。脳科学者の茂木がいうにはクオリアの謎はこれだけではないという。このマリーの哲学部屋を考えた上での茂木の主張はこういうものだ。

1・はじめ私たちが花を見て色を識別する。
2・まぶたを閉じる。ふたたびまぶたを開ける。
3・まぶたを閉じる前とまぶたを開けたときのとらえる花のテクスチャは変わらない。
4・しかしながらその認識のアルゴリズムは違う。
5・二回目に同じ花を見たときはその神経系の挙動は離散的になっている。

またマリーはこの白黒部屋から出てもなんの知見も得ないという学識者も大勢いる。さてあなたはどう考えるだろう?色にはクオリアがあるのだろうか?クオリアがあるとしてそれはどういうものだろうか?色の質感はあるだろうか、ないだろうか?実は実例がある。彼らは色盲であったが、後天的にその症状が治ったという、しかも彼らは神経学者であったり画家であったりした。この実例から何をあなたは得られるだろうか?色の本質、その本当のことをわれわれは実感できる時代がくるのだろうか?

marikoi

ここの主筆・共同管理人。ぶっちゃけ狂人。

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