マジで恋する書籍レビュー:「威風堂々の指導者たち」芳賀

前読売で吾郎さんがいってましたが、政治記者としては忘れられない一面があるそうです。それが大平首相と市川房枝の結婚問答です。国会ファンであればだれもが知っているといわれるこの一面を見てみましょう。国会論戦の内容は権利関係あまいのでそのまま記憶の内から書いていきます。

市川(房枝)「総理は女性問題の役員を務めておられだが、ご自身の娘さんに”女に学問はいらない、はやく嫁へ行け”とおっしゃられたと聞いた。だとすると夫人参政の職務は不適任だと思わざるを得ない。答弁を求める。」
大平「私が私の娘に”はやく嫁へ行け”といったのは事実でございます。ただし父親としての娘を思う気持ち、女としての全体的な幸福を受けてもらいたいという意向を市川委員にもお汲み取りいただきたい。」

大平「”女に学問はいらない”という意見には反意をお持ちかもしれないが、女性を尊敬する意味合いでいったものです。早く嫁へ行って女性としての幸福を知ってもらいたい意向で述べたものなのです。女性は男性よりも物事に誠実であります、繊細であります。特に子供を持つなどといった経験は男にはできないものであります。私は女性を尊敬しております。

吾郎さんは石橋湛山の夭折した息子を思う気持ちと重ね合わせてこの記事を書いていましたね。「パウロ・ミキ・大平」か…。吾郎は大平の早世の息子と湛山の息子の戦死と合わせてこの様子を見事に文才あるものとして描き切ります。加えてこう紙面上で述べていました。「大平の答弁になんの反論も見当たらない、私もまた実の娘を持つ父親となってその意志を確固たるものとして持つと。

これは典型的な保守主義といえばそれまでですが、それ以上のものがやはりある。家族のありかたが再提起され問われる世の中だからこそ、大平の答弁と市川のそれに付随する意識の展開性にある種のシンパシーを持つかたは多いはずです。東京工業大学名誉教授芳賀綏の最後の名言には感涙しますね。「湛山の意思に同意せぬもの、政治家の意思を知りえず。その本意をわかりかねるもの、指導者として涙する資格なし」と。

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