特集記事:三浦瑠麗はあくまで一流の国際政治学者

https://www.youtube.com/watch?v=wVldmadd79U

この動画を見ていた分かったのは三浦はあくまで国際政治学者(超一流ですが)だということです。SEALDsのことなどはまったく私は評価していないし、彼らの知識があまりにも浅かったということも知っております。朝生などをみるとやはりそれはそれで実感できるのですが、三浦の反論が完全に筋を得ていて、頑として奥田に対する徹底的反論となっているかというと私はそうは思いませんでした。

それは奥田が矛先をずらすからであって、私が思い出されるのはニコ生で東との論議をしている様子です。東は左翼としてなにをやりたいのか?ってことを言っているだけで、奥田はそれに対して答えになっていない感情論を述べているだけだった。例えば、東は以下のニコ生で(https://www.youtube.com/watch?v=ZjcqIggsKVg)奥田のことを批判していますが、その論拠は妥当です―「君は沖縄に似ているよ」ということ。

沖縄の人は多くの血人を戦争で亡くしました。だから知事がああいった形で立場に出るのも十分わかるのです(無論沖縄の感情論は必要ですが、それは私は認めたくはないです)。それは理性と感情の衝突から導き出されるものであって、それ以外の何物でもない。だから結論などははじめっからはありはしなく、エゴ(利権)とネゴ(説得)の衝突でしかない。沖縄人としては米軍は出ていってほしい。池田も青木との談でいうように(https://www.youtube.com/watch?v=CypaOpZTzC8)それは事実上”無理”です。ですが、ここには人間の立場を超えてわかりあえない情の世界があるということを追認せねば我々の進歩はないわけです。ここに奥田・東・三浦との分水嶺がある。

話の矛先の微妙な差異からして、奥田の政治活動家としての”実績”あるいは東の思想家としての立場、さらに三浦の国際政治学のアカデミズムを総合的に勘定してみると、やはり奥田の言い分がまったくないとはいえないです。それは言っている言及性の立場が違うからで、だからこそ当然意見や結論も違ってくる。ですが、私は繰り返しますが、SEALDsは評価してない。民進党の結党大会に出たり、ましてやフジロックフェスティバルに出るなど勘違いもはなはだしいでしょう。

ですが、彼らのいい分が100パーセントないとは言い切れない。公安は共産とSEALDs関連人物のことを監視していますが、これはエゴ・ネゴの立場から言って至極妥当な論理なわけです。中立思想として彼らの思想的分派はヤスパース哲学の客観的立場から言ってもどれも認めがたいとは言い切れない。逆を突けば、どれもある程度は思想的には認めるということです。

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