マジで恋する書籍レビュー:「子どものための文化史」ベンヤミン

ベンヤミンの死の真相は明らかになっていない。今となっては彼の偉大なる思想的業績が思い起こされるだけだが、その一方で啓蒙主義者としての役割は確かにあった。私は本書を図書館の推薦書に挙げられているところを手に取っただけだし、この類の啓蒙書というものはベンヤミン自体とても嫌っていたらしい。いうなれば啓蒙家としての役割よりも思想家としての役割のほうがずっと素晴らしい仕事だとベンヤミンは確証していた。だが、ベンヤミンの言っていることは現実的な評論からみてしてこの書物に書かれているのが正当なものだとも、現代から振り返ってみるといえるのではないか。

本書が感動的で、人間のまなざしが感じられるように作られているのはベンヤミンの技が光るからだろう。ベンヤミンの子供のための教育番組(ラジオ放送だった)で語られたものがこの著書に要約されて珠玉の教育啓蒙書になっている。中でも感動的で一番泣ける文章はベンヤミンが「魔女裁判」の項目の中で述べていることである。ベンヤミン自体はこの仕事をとても嫌っていて、「パンのための仕事」といってはばからなかったそうだが、それは現代評論の中ではまったく関係がない。ベンヤミンは言う。

魔女裁判に反対する闘争は、人類最大の解放闘争のひとつだった。(中略)この闘争が始まったのは、同種の闘争のたいていの場合と同様、認識からではなくて、窮地からだった。

本書P20~P21より以下同様に引用

ベンヤミンは計算高くどういった設計でこの類の話をしたらいいのかが、先天的に備わっていたようにしか思えない。ベンヤミンが言うことは「人間の進歩はたいていの場合先見の念からではなく、窮地からだった」というのである。戦争がその代表であって、人類の進歩は実は、核戦争の瀬戸際までいったことである。ここに至って人間は冷戦の対立軸が新しい世界大戦を生むやもしれないということを学んだ。しかも世界破滅の序曲が聞こえるその一方先まで行ったのである。これが「キューバ危機」だったし、その代理戦争としての朝鮮戦争、ベトナム戦争、ソ連アフガン侵略でもそれは同じだった。―「人間の学びは教訓からではなく、先見からでもない。いつでも窮地からだったのだ。」

聖職者と哲学者は、魔女信仰が昔の教会にはまったく存在しなかったこと、人間を大きく支配する力を神が悪魔に認容するはずがないことを、発見した。法学者は、拷問で無理強いされた自白には信用がおけないことに、気づいた。医者は、魔法使いでも魔女でもない人間が自分をそういうものと思い込むような病気があることを、公然と口にした。健全な良識がようやく表面に出てきて、個々の魔女裁判の記録にふくまれる、さらには魔女信仰そのものに内在する無数の矛盾を、指摘した。

ベンヤミンは魔女裁判の教訓が実は窮地や危機と隣り合わせのものだったことを導き出す。多くの意見が世界のありかたを変えて、よりよいものへと変遷していく様子をここまで感情的に情緒的に描かれる。啓蒙者であるベンヤミンがいうことは実は、人類の歴史を端的に表しているわけだ。ピンカーがいうまでもなく、Blood of Warの時代は終わりをつげ、トッドもいうように、人類は確実に進歩しながら”生きながらえている”のである。ベンヤミンはある宗教家の言葉(ふれられているのはフリードリ・フォン・シュペーの言葉)を引用しながら、こう締めくくる。

ラテン語とドイツ語のおぞましいちんぷんかんぷんを羅列する数千・数万の文書の山に、彼は一冊の著書をひっさげて対抗する。かれの怒りが、かれの揺さぶられた心がいたるところから透けて見えてくるこの著書でもって、またこの著作の影響力でもって、彼は学者ぶることや、頭が切れることよりも人間的であることを重んずるのが、いかに大切であるかを、立証したのだった。

感情の吐露がすべてを統一し、人々の形づくった理想的な社会を定義する。ベンヤミンはそれを人間の心の機敏としたのであった。ベンヤミンの最高の仕事が確かにここにはある。―涙なしでは読めない、まさしく、十字架を背負った現代の人間たちに生きる希望を与える、啓蒙思想における最高の仕事である。

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