エンタメ評論:「24時間テレビ」と「死ぬ死ぬ詐欺」と慈善活動の本当

検索してみると、わかるんですけど、日本の芸能人たちはタレント(才能)とはいえない。芸能人とタレントつまり才能はまったく違う定義。辞書では同じように書かれていても、まったく違うんです。芸能人は和製語でタレントは英語としてとらえるのがいい。24時間テレビはどうでもいいとしても、海外の人たちは驚いている。チャリティーってのは広報もかねてのものだから、無給でやるのが当たり前なんですよ。この光景は「死ぬ死ぬ詐欺」に似ている(語弊があるので誤解がなくいうとその方法論に問題がある)。

昔読売がこの手の募金活動叩きをネットの弊害といって断ち切っていましたが、これほどレベルの低い報道を読売のような伝統ある保守紙面がすることに驚き、呆れました。何がネットの弊害なのか?私は24時間テレビについては詳しくはしらないので、なんとも言いがたいのですが、これはこの手の募金活動と似ています状況なのでそれで代替説明できます。ネット上の発端となった意見としては、「募金がどのように使われているのか知りたい」→「募金のパンフレットとかデザイン面での活動はどういう使途になっているんだ?」→「本当に募金そのものの透明性を確保してほしい」という当たりまえの意見です。これに答えられないんであれば募金活動を展開する意味はありません。

また、募金残額の基金を作って、自分の子供の名前を冠したものを設立するってのもわからん。ゲイツがあれだけの募金をして科学的にソリューションにして、ピケティに反論していたのは印象的です。彼は募金がどれだけ評価できて一番効果的なのかを最先端の科学マネジメントでやっている。だからゲイツと比較して、ゲイツ・メリンダ財団と似たもののようなことをやるのもおかしい。それだったら移植を待っている後の人に残った分は全額提供すべきでしょう。ザッカーバーグの基金でさえ課税逃れかもしれないっていう批判は大きい。これも考慮すべき。

無論募金をしている人たちを、それを無駄に叩いて、調べもせずに募金したものが募金を返せっていうのは同意できない。叩きまくって住所とか個人情報まで特定して、それでなんになるんだ?それはいけないこと。たとえ、募金する側が使途不明なものまで募金活動で補ったとしてもそれをしっかりとリサーチした上で募金するか否か我々が決めるべき。だからそれを叩いて炎上させるのはおかしい。自己責任だからこそです。だから読売の報道もおかしい。ネット=悪みたいな書き方だったからです。

引用ツイートはセレーナ・ゴメスのチャリティーですが、これ見たとき極めてショックだった…。セレーナのようなティーンアイドルでさえ、こういう態度をしっかりと欧米のタレントはとる。たとえ建前だったとしてもその高潔な精神性がたとえ”見繕い”だったとしても写真に写る態度にこそ驚嘆したんです。これが日本の障がい者報道だったらいわゆる障がい者ポルノ活動と同じだと思う。セレーナの写真をみて我々が態度を決めなければこの問題は「日本でだけは」いつまでも横たわったままです。

marikoi

ここの主筆・共同管理人。ぶっちゃけ狂人。

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