特集記事:白土三平「サスケ」―白土流マルクス主義思想と江戸幕府の武断政治と文治政治の分割点

白土三平の作品に「サスケ」というマンガがある。兄が学校の女性教員からもらいうけたものを私たちが今家で受け継いでいるが、この作品は白土の代表作品といっていいだろう。確かにほかの作品にもマンガ評論(”漫画”評論と漢字で書く方がいいかもしれない)の先達はあったが、その「白土ブーム」の後、白土自身がリアリズムとともに描き出したものがこの「サスケ」だ。その女性教員は漫画はけっこういい勉強になるとおっしゃってくださって漫画へ理解の深い、優秀な国立大学出の教員だったのを印象的に覚えている。ちなみにアニメ化もされているが映像の方は今では入手困難だろう。

先に書いたように白土はマンガ評論の原作先達で、忍者ものを社会の中の概念として、特にマルクス主義的な思想が見え隠れする様相を呈して幕府やその昔の時代をかなり劇的に描く。たしかに「サスケ」は「カムイ伝」よりは手塚のようにデフォルメキャラが可愛く描かれているが、それでも扱うテーマ性は重過ぎるほど重い。マルクスの時代、そういったものが輸入される前の江戸時代を彼はマルクス主義の”実存的なさ”を超えて、彼ら”人民”が生きていた時代の描画に徹底して描き続けるのだ。

このマンガで最大の重要シーンといえばやはりラストシーンである。愛する人を一揆征伐で亡くし、もらい子の行方も知れずに、放浪するサスケという人物が最後に相手の忍者の温情的心理に抱えられ、三忍がただ棒人のようにつったっている”だけ”の描画はなんとも言い難く、まさに絶望感しかない。人間はこのような歴史によって力とそれに基づいた根源的欲求により制され、抑圧されてきた。革命は失敗し、”実存主義的文学者”ドストエフスキーが描いたような終末のありかたがリアルに描かれていて空想の中であっても決して現実離れしていない。

「サスケ」はじめ白土のマンガでは従来のそれと比べ、かなり現実主義でアクションに使う道具もメカニズムもまたわかりやすく解説されていて、”忍者”が不可能の域に達しておらず現実性があるという評論は有名どころだ。ただ私としてはやはり本筋ストーリのほうに目が行く。たとえば白土はマルクス思想を主として、作中内で庄屋となる人格者に解説を付記して語らせている。

「治世者が百姓から米をとってもとってもとりきれないぐらい豊かになる必要がある、つまり現実をみて働くものこそが時代を作っていくのだ」と。これはまさにマルクスの唯物史観と合致し、労働の革命のありようを呈しているように思える。中でも暗躍するのは一揆を扇動する二人の忍びである。これは実は現実の兵法学者に着想を得ている。その双傑のなかで一番リアリスティックなのは由井正雪だ。

このフィクションは実は(その意味合い違えども)討幕を掲げて反旗を幕府相手に掲げようとする、兵学者の実話がもととなっている。いわゆる由井正雪の「慶安の変」である。正雪は、現在の東京神田にて自身の私塾を作った人物で、そこには頻繁に大名の旗本など兵学を志すものが多数入門してきたという、当時では最先端の学問所をもっていた実在の高名な学者である(作中では忍びのものとして描かれ、一揆を扇動し農民の力を試す黒幕として描かれているが、実際の歴史では兵学者)。実史では彼の討幕の企ては仲間の密告により失敗に終わり、幕府もその統治体制を武断政治から文治政治へと変える一つのきっかけとなったというのが歴史家の間での共通の認識だ。現実の話では由井はやはり責任を取らされ腹を切っている。

江戸幕府における武断政治と文治政治の変遷Wikipediaに詳しいが、彼らは武力による統治が謀反を無駄に引き起こし、体制を悪化させていると感じ、文治政治(知識主体による統治)に統治体制を変えた。江戸幕府はここで舵を切ったのだ。このきっかけとなった一事件が先に書いた、由井の企てた「慶安の変」だった。おそらく白土としてはこの実在の人物に着想を得て、このマンガの黒幕、扇動者として描いたのであろう。

政治は力によるものと対話によるものとでかなり対立する機軸のふたつとなりうる。そんな中、江戸の幕府から続く日本の歴史、維新の時代や現代の官僚主義に至るまで、必然的な理由付けはあったといっていいだろう。それを事実の総体として描き出したのが白土の功績のひとつだが、私はこの「サスケ」こそ無駄のない人間味の汚い味のするリアリズムの漫画であろうと思う。当時の国民情勢としては度重なる飢饉と重い年貢に苦しみ、自分たちの喰う米すらなかったようなので、白土の歴史感はその時代の変遷とともになんらかの現実性が裏付けられているように私は感じる。そういうわけで、私の中で白土の描くマンガの中で一番象徴的なものは、いまだにマルクスの思想を背景としたプロレタリアマンガ作品「サスケ」なのだ。

marikoi

ここの主筆・共同管理人。ぶっちゃけ狂人。

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