エンタメ評論:「のんのんびより」は2期・3期と永久に続くか?

これまた難しいものダ。のんのんびよりではいっつも多くの人がこれで終わりか~って毎週のように言う。楽しみにしていたアニメが終わっちまうと残念がるものだそりゃそうだ。れんげにカレー制圧されたより学校の当人たちより泣けるのは実はその当のアニメーションを「見ていた我々・視聴者の側」だろう。

というわけで「のんのんびより」とか「金色モザイク」(後者に関してはほとんど知らないが)ってクールとか期で限るのやめてくれ!っていう意見もわからないこともない。こういう田舎暮らしってのは本当にはありえず、空想の中だけである理想郷だからだ。田舎には消防とか団体活動が必須なところも多いし、しがらみや地縁というのも重要視される。残念だがこれが理想と隣り合わせの現実だ。

そこらからこの物語が空想の世界の中だけで意識されるものということをわれわれはアニメーションでデフォルメされた理想でありながら知っている。そしてそれらは現実的なものとして”も”とらえられる。そこにあこがれがあって、抽象的財産に実利的魅力を感じるような力があるのだろう。だがクールを取っ払ってアニメーション化していくことって可能なんだろうか?ちょっと考えてみよう。

まあ思いつくのはドラえもんとかサザエさんとかだよな。でもこれって不可能だぜ。たぶん月刊誌で連載だと、いわゆるストックとなる場面がほぼない。だからのんのんの場合はストックがないからオリジナルでアニメーション化するということに必然的になるよな(もし2期、3期があるのであればなおさら)。

おそらくこれだけの名作・秀作を作っていくのはかなり厳しいな。映像化に成功しているが、音楽とかも最高の演出だしこのレベルのアニメ動画として作成が続いていくとたぶん無理が生じる。それはストックのなさもあるけどそれよりも物語を語り続ければネタってのはメタ化されて解釈される。常識的だったサザエさんのアニメ化だって、本家長谷川先生からは不評かっていたし、それは現段階のあのアニメや虚構新聞でもネタ化された「ドラえもんの最終話」とかそういう事例をみても絶対に不可避な問題なんダ。ドラえもんの最終話じゃ結局問題化されてつぶされたし、それでもこの同人誌はドラえもんにある種の理論的な最後の結実、最後のストーリーを与えてしまったということであり、その完成度もぴか1だと聞いている(その同人誌見てないけど…)。

ストックの問題、物語の継続性の問題なわけだな。そしてなによりのんのんは物語に具体性がある。これも極めて重要だ。もちろんアニメーションにみられる抽象的財産で先述したように空想の中で生きるれんげたちへの羨望なわけだが、ストーリーには具体性があって、小学生でもわかるよな、内容的に。だからこそだ!具体性があるってことはサザエさんとかドラえもんも同じだったからなおのこと継続しようとするといずれ質の低さも目立ってきて、カオスな話とか、今よりも小さいネタ(あるあるネタとか)が増えるはずだ。

4話で泣いたひとは多く、これはアニメーションの情報財(抽象財といってもいいかもしれない)の中の具体化にのんのんが大成功しているからだ。ファンとしてはここは長い期にして連載もバンバン出して次々と楽しみたいところが本心だしそれは私も同様だが、おそらくそれはかなり難しいだろう。それはそう、あの有名なハルヒよりなおさらな常識的なことなのダナ(苦笑)。

要するに私的解釈としては継続化は不可能だろうし、それはたぶん「ない」。それはアニメの情報的意味合いを具体性のあるものとし結実させ、またそれに見事に大成功しスタッフも有能で、それでいて、むしろそれだからこそ不可能なんだナ。これはファンとしては事実を受け止めなけりゃならないと思うよ(あくまで個人的意見だが)。それが田舎暮らしの現状としても重なり受け止めなけりゃならないことだと思う…純粋にいちファンとして。

*この記事は許諾の上掲載されているものです。

marikoi

ここの主筆・共同管理人。ぶっちゃけ狂人。

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