マジで恋する書籍レビュー:「帝国以後」エマニュエル・トッド

トッドの論拠は実にシンプルかつ明快だ。評論家の宮崎や内田、学者の佐伯や西部、作家の池澤などが高く評価したのも合点がいくってもんだ。トッドについて簡単に紹介しておくが、彼はソビエト・ロシアの人口動態の研究で国際的に著名になった。特に近代的な国家モデルで著名であり、識字率の上昇と受胎調整によって近代化は起きるという理論で広く知られている。旧ソビエトでこの現象が起き、さらに乳児死亡率が上昇していることからソ連が崩壊するということをその崩壊前よりずっと早く予言していた。みなさんご存じのとおり彼の言い分は100%当たったわけだ。ではその彼の代表作である「帝国以後」の内容をかいつまんで追っていこう。

1・現代国家の近代化というものは人口動態によりその現象が如実に表れる。
2・それが識字率の上昇と出生率の低下(受胎調整)である。
3・人口動態の立場から言えば、近代的な国家像は実はイランであり、トルコではない(トルコよりもイランのほうが”進んでる”)。
4・民族的な弱さ(移民)の要素は国家の枠組みを良い意味でも壊す。
5・例えば、フランスはライシテ(政教分離)を徹底しているがその国家像は創造的に破壊される。
6・ヨーロッパでは統合的な団結力が示され、それがロシアの復権とともにあるのが実情である。
7・現段階でアメリカの経済的にありうる形を端的に述べるのであれば貿易赤字のみが指標である。
8・遠距離戦争や大規模戦争ではアメリカは豊富な空海軍を持ち史上最強である。
9・その一方で陣地の占拠性質に縛れる陸軍は徹底して頑強にテロ活動する過激派には脆弱すぎる。
10・これらの観点を総括してみれば帝国主義的なアメリカは2050年までに覇権が終わる。
11・その証拠に現代アメリカで乳児死亡率が上昇しており、社会が一番脆弱な部分で崩壊し始めている。
12・アメリカの覇権失墜・経済的再興に基づいて、ステイルメイト(手詰まり)の形で世界史のゲームは終わる。

さて、ちょっとおかしいところはあるよね。1~5あたりは十分わかる。よーするに、彼の論拠は乳児死亡率の上昇にある。識字率の上昇と受胎調整が進むってのは近代化の理論。だが、近代化のさなかで乳児死亡率が上昇するのはおかしいはず。おかしいことが現代国家で起きるということはその国家の危機。ましてや乳児という一番社会国家の弱いレベルが危険にさらされるというのは、その国家の破綻につながる…ここまではいいだろう。序盤、トッドの言っていることはこれだけだ。ゆえにアメリカについてもこれを適用するのはたぶん正しいし、トルコとイランについても彼の予言は当たっている。エルドアンは強権的になり、サウジでは部分的な危機発生が広まっている。イランは実は穏健であり、現実主義である。むしろ危険なのは核保有すればマジでうちかねないIS。ここまでかねがね正しい。

だけれどもヨーロッパとロシアは団結していない。NATOのからみとか暗殺等々横行していて、ロシアは心性では統合を望んでいても、プーチンは強権で振り回し、影響力を誇示しようとしている(Time誌が選ぶ世界で最も影響力のつよい人間に連続で選出)。建前でもロシアとヨーロッパが対立し、さらに部分的な破壊工作をしているロシアがいるということはイギリスでのロシア人暗殺事件とトランプの当選(一連のサイバー攻撃など)で明らかになった。ガス輸出の「バルブ」を持っているのもロシアだ。イギリスでは労働党が馬鹿党首コービンによって壊され、二大政党政治が崩れた(頼みのつなは「氷の女王」ことメイのみ)。フランスでは大統領決選投票に国民戦線のマリーヌ・ルペンが残ったわけだ。ヨーロッパは部分的な破壊が始まっていて、普仏の団結はあまり強固に長く続くものではなかった(イラク戦争に反対したまでだった)。

7も微妙。経済学者ではないので、トッドは詳しくないだろうが、貿易赤字のみで経済効力を評価するのはあるマクロ的な意味合いでは正しいかもしれないが、経済学的に十分反対できる。池田は内田樹をこっぴどく批判していて、「貿易赤字」は悪くはないといっている。ただ世界の史実から言って、ローマ帝国あたりと比較するのはかなり興味深い。トッドはもっと経済の勉強もすべきだろう(でも待てよと。池田は現代の複雑化した貿易見てくにあたって、スミス・リカードと言ってるけどこんな単純な問題だろうか?)。

8は正しいが、9は正しいかどうかはわからない。空海軍は史上最強であり、サイバー部隊や宇宙軍事部隊でも世界で最強のそれを持つ。だが陸軍の評論に限っては、現代の兵器論からいうと軍事的にあいまいすぎる。例えば、ビッグドッグを作っているボストン・ダイナミクスはDARPAと組んで陸軍の占拠行動をイノベーションによって改善しようとしている。また、犠牲者の大半を占める古典的な仕掛け爆弾の克服に自動操縦の兵力輸送機を開発している(いわゆるDARPAグランドチャレンジ)。陸軍は強い知能と結びつき、すでに応用技術化されはじめている。陸軍の部隊構成にすでに配備されている小型ロボットは遠隔操作だし、空軍のF22の後継機種は完全にオフパイロットになることが明確だ(加えてUAVの制御応用化もして、これも陸軍にそうたたないうちに組み込まれるはず)。だから軍事技術の観点から言ってトッドの言っていること正しくない面多くある。イノベーションが米国陸軍の唯一のソリューションだということも当然米軍は気づいている。

総合的にみて、アメリカの失墜(10・11)は正しいように見えるが、最後の12は疑問だ。中国は世界史でもっとも強力な史実をもっていて、近代以降虐げられてきた。だが、彼らは歴史的な清算をしようとしている。だから軍事技術にこだわり、宇宙開発もする。中国は華人出身者を中心に超級的な外交官を共産主義下で多く持ち、彼らはだれもが有能だ(無論、ほとんどが反日だけどな)。科学者も最近では強力なツールになりつつある。中国が「眠れる龍」だというのはトッドに対する反論にはなる。トッドは中国史には明るくないし、中国を軽視しすぎているという批判は刊行当初からあった。

この本をかいつまむとまあ、これだけだろうけど最近のトッドの仕事、特にドイツ評論にはあまりのっぴきならない点があるので、これ以降彼の有能さってのがちょいとみうけられんじゃね?っていう印象はある。だが、ソ連崩壊を見抜いた予言者であり、アメリカでもそれが起きるということを述べているってのには感覚的には実はだれもが同意できる。あと、よく読売新聞に出ているようだが、読売はこのあたりを誤解しているように思えてならない。トッドの論調で昨今有名なのは(前述したドイツ論と合わせて…)保護貿易と自由貿易との組み合わせっていうかんじで経済的には少なくとも矛盾だし、リベラルな部分も保守的な部分もある。エヴド事件でも同じようなこといってたし現実派な面もある保守とも取れないことのない型の天才だから、だからこそ読売はよくトッドにインタビューするんだが…。読売よりずーっとずーっとレベルが高い識者ってのは事実。

あ、あと例のごとく彼は当然ユダヤ人ねw。

marikoi

ここの主筆・共同管理人。ぶっちゃけ狂人。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA