統計学:私にとって、統計学は「最強の学問」なのか?

う~ん、なかなか難しい…。統計学ですべてが解決できればたしかにすごいことだし、チャート式としては面白い。でも自分の場合そうではない部分もあると思う。例えば、コーディングはしていればたしかに面白いが、R統計処理ではループ系の正当なプログラミングはないようなものなんだし、簡潔なコーディングで済んでしまう。これではこれから生き残れるデータサイエンティストとはお世辞にもいえないだろう。Rでループ処理するのはある種の禁忌だと聞くし、RとPythonを単純に比較はできない。つっこむと画像処理ではPythonのほうが強いし、企業社会でも評価されるのはRのスキルではなく、Pythonのほうだろう。それぐらいRの立ち位置は微妙なんだと思う。pハッキングなんて言葉もあるから統計だけに頼るのは主観と客観の罠にはまってしまう一因になるやもしれない。

ではそれだけだろうか?スーパープログラマにはかなわなくても、彼らと同じ土俵で戦わなければいいだけなのだ。例えば今はビッグデータというが、ハードディスクやモーターをはじめとするハードウェアとの絡みを紐解くことにこれは使えるはずだ。ブレイクスルーとして、やはりいまHotなのは「意識を機械に宿すこと」にあるのは変わらん。だがむしろ、それがハッカーにしかできないかっていうと私はそうはどうしても思えない。ハードディスクに意識は宿るかもしれないし、CADや三次元解析の分野だって、データサイエンスの手法・ソリューションはやっぱあると思う。

スーパープログラマーにかなわなくても、あるいは人工知能にかなわなくても、やはりSF的な発想やソリューションは人間そのものにあっていいだろう。LGの研究開発部門はこういう観点から研究職のことを評価しているし、募集も事実かけている。赤崎先生も言ったように流行っているからやるのではなく、自分のやりたい研究をすべきだ。海外にいけば生物系のポスドクがどうしても多くなり、そっち方面で工学系を見かけることはなくなるが、それに応用事例を見いだせることが重要だ。新しくできた韓国の脳研究所なんかはこういうことがわかっていて、斬新な独自のサイエンスのありかたを歓迎するという理念もある。斬新な発想が生むものを信じてみる…そういう次世代の学識のありかを探る初心は忘れはいけない。

これこれこうだからこうなんですという論理のありかた、新しい学問を作るありかたを統計学から学べた。それは貴重な財産だし、これからも変わらない学問の道だ。そういう意味でハードとソフトの融合はなにかイノベーションを起こすかもしれない、そういう統計を通じた理解や解決策はあっていい。基礎から応用まで、きっと開ける道はある…統計をやっていて派生するものがあることはその象徴なのかもしれない。今日、そう思った。

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