文芸:パトロン通俗論

パトロン・クラウドファンディングに参加するってのはそのひとの意思とか芸術的な表現について意見を言い合い、時に妄想もして、突拍子もないアイデアが出て、それが成功したときにその当該パトロン活動が意義あるものになるってもんで、それ以外の何でもないと思うわけですよ。クラウドファンディングだって例えば、今、IGAさんが悪魔城ドラキュラ系の新作を作ってるけど、双方向性=すなわちインタラクティブな要素があってこそなんですよ。

ここはこうした方が良いというアイデアやインスピレーションを得るためにパトロン、すなわち中世の芸術家の支援者だったりなんだったりしたわけで。そこから、突拍子もない常識を疑う傾向から、イノベーションが生まれて社会は豊かになるっていうもんですよ。お互いがいい影響を交錯しあうのがいい関係の前提でしょう。

だから、パトロンに対して、支援者に対して、説明のある程度の義務は生じるし、ましてや他人に対して疎外をするようなことはあっていいもんじゃない。もちろん、批判の応酬はやっていいときもあるけど、限度もある。それを乗り越えないとパトロンとかクラウドファンディングは成り立たなくなります。高度な論理で「パトロン」と中世の芸術家の支援者のことを呼称したんですよ。それが今のキックスターター・パトロンにつながっておるわけでね。半分冗談で言うと、「掛けた後のはしごは蹴っ飛ばさなければならない」

もう、ここ半年ぐらいの範疇でツイートしてきて、国内の個人クリエイターは広義な意味で一番初めに信用したところを除いて、信用ならんことがわかったので、一切ファンドはしません(支援するしないこればっかは私の勝手ですから)。別にひとがセルフリツイートしようがなんがリマインダーに使おうがなんが関係ないでしょうに。今後は海外の独立系devに投資します。

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